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2008年6月27日 (金)

指導者

巷では、自己啓発の本が相変わらず流行し。 

自己能力開発、成功の秘訣・・・。

 

イイコトだよ、そりゃ教わるって事は。

でもちょっと、違うような気がしてる。

 

精神的な教えってさ、なんつーの?

考えや行動を実際に体験して、見て知って、自分で判断して、そこで。

あ、なるほど! とか、あ~そうか、そういう事やったんや、って。

自分で知る事が、教わる事やと思わへん?

本を読んだダケで、体験した気持ちになって、教えてもらった、ってのは。

なーんか、違うような気がする。

他人の体験、追究の醍醐味の部分を、ちょいと味見、程度にしか思えない。

それって、「何か」が起こった時に、。

え・・・? こんな時って、どうやったっけ? ってね、マニュアル開くのと同じで。

自分を磨く、のとは、対極にあると思う。 

 

ナントカの品格、だとか。

ナントカの常識、だとか。

 

こうして、ああして、ほんで、こんで、オッケやから、やってみて!みたいな。

他人の感性と主観で導かれる道は、所詮、他人の物差しで。

「あなたらしい」って肝心な大事な箇所、自身は。

それらをする事によって、マニュアル本を書いた人の評価になる。

決して、マネしたからって、アンタ自身の本質が上がるワケじゃない。

常にマニュアルを携帯してる、ってダケのような・・・感じかな。

 

こうしておけば、常識的にも大丈夫ってヤツなんて。

裁判裁判のヨソの国から来た価値観で、後々の為に備える常識。

いわば、日本的な常識じゃない。

 

肉感的に心を伴って行う、相手に対しての思いやりだとか、コミュニケーションって。

後々の事 (自分の保身   を、まず第一に考えてする?

それって、肉質要らねえ。

 

大体、あの手の本ってのは、「OR基準」だから。

ORじゃなくて、その狭間を見極めれる読解力を持って、読め。

こうしたら、こうなる、に対して、じゃ、こうやったら、どうなる?

って箇所が、自分磨きで、自分らしさで、きっと成功の秘訣だから。

 

アタリマエの事を、さらに強調する事によって。

それらの不実さが、より透けて見えるように思えるのは、ツマだけ?

 

ありがたい、と思う気持ちを、何度も強調しながら、礼を伸べる。

確かに良い事だけど「言われる方」には、そんな大袈裟な・・・。

って、感覚が生まれないのかなあ、って感じに似てる。

 

感謝の心を、言葉にする。

それすら上手く表現出来ない現代人は、だから、マニュアルに頼るのかなあ、とも。

もう、以心伝心だとか、阿吽の呼吸だとか、見えない物に対しての気遣い。

それらは、無くなってんやなあ、とも思う。

そして、それら察する心に対する期待すら、失っていってんのかな、とも。

 

自己啓発で発想の転換を図る事で、より充実した人生を送る・・・。

分かる、言いたい事はすっげー分かるけど、結局それらが。

「何したって、結局、結果オーライなら、良いわけでしょ」 とか。

「うじうじ考えたって、しょうがない、プラスに考えなきゃ」 ってね。

考える箇所で、考えなきゃなんない事柄から、目を背けさせてる。

で、人生を充実させたつもりで、結局、「いいトコどりダケを選択してる」

 

そんなん、アンタ・・・。

実るモンも実らないし、本来の自分すら開花させられてねーやん?

人生とか思考、常識、習慣、それらってのは、もう、変更不可能の背景で。

今まで蓄積されたアレコレが、総合された物で、それが個人。

常識がない、ってのも、アンタの一部分やし、向上心がどうだから、って。

それらを、向上させるのは、アンタの気持ちヒトツやねん、って。

 

凹んでる人には、救世主の囁きの如く、ゾウの言う言葉が確かに聞こえるだろう。

けど、ゾウの言葉より、自分の心の言葉に耳を傾けろ、と思ってしまう。

凹んで凹んで、凹み切ってしまった時に、聞こえる声。

それって、間違いなく自分の声で、確かに何かを得られると思うねん。

指南書や啓発がなくても、そこで、聞いた、掴んだ、それこそが。

世間の常識と違っていても、向上心のカケラすら見当たらない決心だとしても。

 

それが、自分を越えていく、続く人生を歩く力になるんやと、思うねん。

だって、アンタの人生って、アンタだけのモンで。

アンタの体験って、アンタにしか知りようがない。

アンタの感性だけでしか、体験した事を、感じられない、測れない。

それが、自分を大事にする、人生を充実させるって事なんじゃねえ?

 

ってなー、何が言いたいのか、分からない書き殴りだけど。

書店の店頭に、自己啓発関連の本ばっかりが、平置きで並んでたのを見て。

情けなくなっちゃって、思わず。

精神的な指導者なんて、自分以外に、誰が自身に教えてくれると思ってんのか、と。

そんで、自分の体験、経験を、自分を甘く見てるヤツらばっかだな、ってね。

もっと、自分を確かめろ、って思っちゃって。

話をした事もない、赤の他人に教わらなくても、もっと自分に教われや、って。

 

常識だとか品格だとかの本を買い漁って、自分磨きだ、ってね。

磨くよか先に、失敗を恐れて、立ち止まってる自分を知って、慈しめ。

人だからこそ、恐れて止まりたがってんねんから。

そんで、失敗の積み重ねと同じ数の、成功があると、知れ。

失敗しようが成功しようが、あんたはアンタ、それ以外の何者でも、ないやろ。

以上になる事もなく、以下になる事もない。

 

まあなー、

「ここにグラス半分の水があります、

 まだ半分もある、と思うか、それとも、もう、半分しかない、と思うか」 と聞かれて。

「その水、何に使う? 足りなきゃ汲みゃいいし、半分で足るなら、いいんじゃね?」

 と答えたツマには。

水に比喩された、人生や知識や向上心に、底も天井もない、と知ってる。

たった半分の、目に見えるコップの中身なんて、現実だけど、現実じゃない。

 

所詮、水で道具だよ、生きるための道具。

要はそれを、自分がどれだけ、それを必要なのか知る方が大事じゃん。

 

そんな一言一句を真剣に、受け止めて。

「半分しかない、は危機感か~、半分もある、なら、ポジティブね、ふむふむ」って。

ポジティブだろうが、ネガティブだろうが、コップに半分が現実なら。

立ち上がって水を汲みに行く手間と、その水で用が足るのかを考えろ

 

んで、そんな本を成功のハウツーやら、自己能力の開発だとか。

そんな小ぃーっせぇ方じゃなく、コップ半分の水を飲み干してから、もう一回。

水道の栓をひねってみれば、アラ不思議、コップ一杯、どころか。

風呂桶いっぱい、溢れんばかりで水が出る。

 

心配すんな、蛇口をひねる手は、間違いなくアンタの手だから。

開くも、締めるも、アンタの思惑ヒトツじゃん。

必要なら開く、要らないなら、締めりゃいい。

コップ半分の水を、想像して立ち止まる前に、全部イッキで飲んでみろ。

足りるか、足りないか、即、分かるから、さ。

 

自分の生き様まで、マニュアルに頼って、どーするよ?
サバイバルだろ、生きるって事は。

アウトドアの本の方が、よっぽど為になるやんけ。

にほんブログ村 家族ブログ 家庭・家族へ  そして、現在サバイバルな18位アタリをキープしていま~す。

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コメント

こんばんは。
あぁ・・・そうか、と思ったよ。
私、以前コップの水のこと聞かれたことがあります。
でも、すぐに答えれなかったんです。
色々考えたら、半分しかないって答えた方がいいなって思えて、
その時、半分しかないって答えたけれど
何だかすごく引っかかってた。
どっちと答えますか?って聞かれて、
すぐに答えれない中、頭の中では
どっちでもない。水はコップに半分入ってる。
があっていると思っていました。
そう答えても良かったんですよね。
どっち?って聞かれて、どっちかで答えなきゃと
思いこんだんですよ。
どっちでもないって答えればよかったな。
tumaさんは、必要なら蛇口を開ければ良いし、
不要なら閉めれば良い。と思うんですね。
私は、それで足りるならそれでいいじゃん。
余ったら、捨ててもいいし。足りなかったら
足りないなりにやればいい。と思いました。
そこが、私の甘いところかしらん。

投稿: みぃ♪ | 2008年6月27日 (金) 20時57分

自分探し・・なんて言葉も一寸前に流行ってたね。そんで、会社辞めたり旅行行ったり・・。自分探しってなんやねんってね。何処行ったって自分からは逃れらんないのにね。結局そこに辿り着くために、行くのかな。もしくは、そんな言い訳で現実逃避かな?
自己啓発の本とか読み漁ってる人とかはそれだけで、空っぽって思われると思わんのかなって私は思う方。アンケート本みたいなのも1位が何々みたいなの。あれ、電車とかで堂々と読んでる人見ると逆にすごく面白い。

水の質問されたら、間違いなく「どっちでもいいや。ありがちで詰まんないから、他の質問にして。」って言う。

投稿: 77 | 2008年6月29日 (日) 22時47分

あははは(笑)
あぁいう本・・・まったく読まない自分です。
まぁ何でもマニアル主義な昨今ですからねぇ(滝汗)

あたしゃ計測器なんかいじる時、とりあえずいじっちゃうタイプなんで、マニアル世代の奴等によく注意されてしまいます凹
さわる(実体験)した方が、早く覚えると思うんだけどなぁ・・・マニアル頼りだと、常にマニアルが必要ってことじゃんねぇ
って関係ない話にまとまってしまった(滝汗)

投稿: 通りすがりの名古屋人 | 2008年6月30日 (月) 08時57分

うははは!
耳がちょっと痛いけど、その通りですよね。
私は自己啓発本好きなんです。
ええ、ゾウさんも。
でもそれをマニュアルとして生きていくってわけじゃなくて、あくまでも頭のすみっこに置いとくひとつとして、です。
こんな本に出会うことで、何かひとつ気づいたり、何かひとつ考えたり感じたりのきっかけっていうか
なんにも知らずに生きてるよりは一個学んだような気がする自己満足の世界です。
自分が何気なく感じてることを、他の人がズバっと活字にしてくれてるとなんとなく嬉しかったりね。

でもみんな自信が無いからこんな本が流行っちゃうんでしょうね。

投稿: クミ | 2008年6月30日 (月) 19時01分

みぃさん>そう、色々考えて、何が正解かを導くモノじゃ、所詮ないんだよ。
 
「私は、コップに水が半分入ってる」その現実を知ってれば、あとは楽勝!
 
どっちかで、答える必要なんか無い。
それは、何でも同じだと思うねん。
 
ここは、すごくイヤ、でも、ここはすごく好き・・・そんな気持ちや迷いがあって、初めて「人」だもん。 
 
だから、足りるならそれで、いいし、足りないなら、「蛇口をひねれ」だ!だって、足りない、と思ってるんだもの。ひねって悪いワケがない!ねー!? そう、私は、いつもそう思う。「私」が基準で、その私を調節しつつ、蛇口をひねる。ね!

投稿: tuma | 2008年6月30日 (月) 22時21分

77さん>あはは、アリガチ~~、分かる~~、アリガチ~~! そだよねえ、だって、アンケートの本が1位だぞ?ね!?
 
なんで、人の思考を趣味を、背景そのものまで、気になるんだろう、って。
 
アンケート1位の本を読むってのは、やっぱ「人が気になる」その人格云々じゃなくて、「人が気にしてる事が気になる」
 
うははは、自分の物差しなんて、おかんの腹の中に忘れたかあ?ってな、思うべ(笑
 
電車で堂々と・・・か、人が気になって、自分の事なんか気にしてられねえって、な。
それって、電車の中で化粧する、ネブタ祭りみたいな人と同じだな、な!(笑

投稿: tuma | 2008年6月30日 (月) 22時24分

名古屋人さん>いや、分かるわ、言いたい事。マニュアルって確かに便利だよね。
 
でも、取り説と、自分のマニュアルと一緒にしてもねえ・・・。誰かに自分を取り扱って欲しいのかなあ・・・(っぷ
 
マニュアルって、所詮、取り説なワケで、ぶっ壊れたら意味ないわけで、けど、壊れないように取り説を、ってんだろうけど、いっやー、人って壊れるように出来てるから。
 
んで、壊れないと見えないアレコレもあっから!壊れないことが美しいんじゃなくて、壊れても、なお、生きるってのが、美しいのになあ・・・・と、ええ、ええ。思ってます。

投稿: tuma | 2008年6月30日 (月) 22時27分

クミさん>押し倒し、サンキュ(ラブぅ
 
そう、隅っこなんだよね、あくまで「助言以下」事実、肉声で言われた事ほど、沁みる事ってないもん。活字を読んで、「あー、自分の頭の中がまとまった~」ってのも感覚として分かる!すっげー、分かる! 
 
ツマなんて書くって作業でワリとネタを整頓してる部分アリアリで、日常の流れだとか、感情の起伏を撫でてるトコあるから。
 
けど、活字をおって、そこに自分の人生を投影しちゃうと、あれ?って。
 
結局、頼ってるねん。
それを実際にやってみて、乗り越えられる程度の話なら、読まなくても、きっと越えられる。自分を信じたらいい。
 
でもなー、乗り越える為に読むって人も確かに多いんだよね、実際。
 
クミさんは、元々、向上心や探究心が旺盛なタイプやと思う、だから、チャレンジの精神で読む!って感じじゃね? 
 
それって、ある意味、自分に自信があるから読めるんだとも思う。
 
そうやね~、どっぷりハマって、涙して毎夜ページをめくってる人ってのは、自信がないのかも、しれない。
んで、誰かに分かって欲しい、って助けを求めてる、んやろなあ・・・。

投稿: tuma | 2008年6月30日 (月) 22時32分

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