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2009年6月24日 (水)

青い屋根の下で

ピンと張った、混ざり気のない澄んだ空気を。

切り拓きながら、風になる。

 

背中には、ムスコ。

前には・・・。

 

 

ガラガラ、ギシャギシャ、ガシャガシャ、と。

小鳥達の姦しい声に負けず、前カゴに積み込んだそれが、音を出す。

「ママー、おもt・・・、あ!」 

ザザッ、パタン、と、過ぎた遥か後方から、何かを落とした音に追い掛けられ、

「あーあー、失敗」 と悪気ないムスコの声。

 

前カゴには、これでもかと、アルミ缶をギッチリ詰め込んだスーパー袋。

後部席のムスコの膝には、手頃というには大き過ぎる段ボールの束。

アルミ缶は、㌔15円で、段ボールは、㌔0.5円。

牛乳パックは、㌔2円で、新聞紙は、㌔1円。

かなり価格が下がっているけど、幼稚園から発表された相場。

 

アルミ缶、350㍉一個 (酎ハイ、ビール問わず 何グラムだと思う?

一個、約20~30㌘。

てことは、15円にしようと思ったら、20㌘として単純計算で500個は必要。

毎晩、旦那と二人、合わせて4缶、晩酌するとしてー、

15円分飲もうと思ったら、125日かかる計算やん?  

125日って、4ヶ月やろ? ・・・夏、終わるで?

 

てな事を考えながら、落とした段ボールまで、チャリ押し戻って拾って、

結び目を確かめて、またムスコに。

気分はすかっり、大阪名物 空き缶オジさんや。

 

去年、毎週繰り返されていた金属音は。

「おはようございますー、朝からすんません、やっときます、はい、すんません」

の声と共に。

頭下げながら、腰低くして、額に汗して分別してはったなあ。

管理人さんではなく、どこかの依頼業者でも当然、なくて。

だけど、決まった曜日、同じ路肩で、同じ布団袋へ、同じ笑顔のおっちゃんが。

集合マンションの片隅にある、ゴミ収集場のナナメ前。

黒ずんだエンジ色の帽子を被って、薄汚れた水色のジャンバーを着て。

チャリ乗って、後ろ振り返っても、何も見えへんやろ? って高さまで。

横にまで張り出して、潰して詰め込むだけ詰めて、積み上げて。

チャリの後輪の脇にまで、積めるだけアルミ缶載せて。

どうみても、車積載オーバーしてんで? って量を。

あの時の相場は、アルミ缶で、㌔、ナンボやったんやろ?

 

頼りない薄い青い屋根の家に、住んでんねんんもん。

時間に縛られる事はないやろけど、どこの世界でも縛りはあるやろ。

それが、ルールだとか、常識だとか、暗黙の、ってヤツで、

それが、いつもの路肩で、同じ笑顔って事やろ。

おっちゃん、私、おっちゃんと、今、同じやで。

いや、昨日もちゃんと、熱いお風呂入ったし、晩御飯も食べた。

瓦の乗ってる家のベットで、寝巻き着て寝て、昨日と違う服でチャリ乗ってる。

 

私らがやってる、廃品回収なんて、所詮お遊びや。

でもなあ、ちゃーんと、意味があって義があんねん。

公立の幼稚園やろ? 

寄付ってワケにもいかへんし、皆でこうして回収して、お金作って。

子供を、未来を育てるのを、勉強する講演会や、お楽しみ会とか。

色んな用途に使うねんて、せやから。

アルミ缶、洗って、潰して、積み込めるだけ積んで、ペダル踏んでんねん。

生活そのものを支える柱とちゃうけど、未来に繋げようとしてんねん。

 

まだ20年も経ってへん、あの時。

「ねーちゃん、こんなキツイ仕事せんでも、若かったらワリのいい仕事あるやろ」

って、言うてたやろ?

夜も働いて、昼はここでガテンやってる事情話すと、

「ほいよ、オレのおごり」 って、缶コーヒー、ご馳走になって、

日雇いは、長く続ける仕事じゃねーよ、と教わった。

「続けるつもりは、ないよ」 と言うと、少し寂しそうに、

「結婚も長く続けるだけが、とりえじゃねーしなあ」 と、笑ってた。

 

10年ちょっと前は、キラキラのドレス着て、空き店舗の軒先で、

段ボール敷いて、競馬新聞広げてたおっちゃんに。

「おっちゃん、車、イタズラされたら敵わんし、ここで番しとって?」 と。

自分の車の前方ギリギリへ、座っていてくれるように頼んだ事もあった。

「わしゃ、知らん」 と言いながらも、2時間くらいで戻ると。

おっちゃんは真っ赤な車のフロント部分に、もたれ掛って陣取ってくれてた。

コンビニで買ったお弁当と、冷たい麦茶と2千円を渡そうとしたら。

「食い物は、要らん」 と言われて、麦茶とお金だけ受け取った。

 

どのおっちゃんも、同じ笑顔。

垢に黒ずんだ頬と、本数が足らない前歯と、クシャクシャの皺。

おっちゃん、こんなに相場下がって、ご飯食べれてるか?

おっちゃん、今も、同じ帽子で、同じジャンバーで、同じ笑顔やろか?

 

後部席では、ムスコが歌を歌う。

「しゅうちしーん、しゅうちしーんー、おれたちはー、

 うたれづよさは~、どんなときも~、まけやしないさー」

「じんせいー、じんせいー、じんせいー、愛でいきてるー」

 

園に近付くにつれて、彩りある「おはよう」の声が増える。

くっきりした色に染め分けられた組帽子を被り、母親に手を引かれ、

和気藹々とした朝に、打たれ強さなんて言葉は瞬時にかき消される。

降り注ぐ眩いばかりの青空の下で、次のランチの約束を交わし、

ぺディキュアに透き通った緑影を反射させ、細いヒモのサンダルで踵を返す。

羞恥心って言葉の意味を考える前に、誇らしげな通園カバンが揺れる。

園の正門では、日焼け対策バッチリな役員さんが数名、口角を上げ、

「ご苦労様です~、ご協力ありがとうございます~」 と連呼する。

 

スーパーの透明な袋に入った、片手で持てる重さにしかならない、糧。

どんなに詰め込んでも、積み上げても、

後輪のタイヤが潰れるまでには、ならない重さ。 

おっちゃんと同じ事してる、なんて思い上がった自分を。

ムスコの歌で気付く。

打たれ強さは、負けない自信があるけど、愛でいきてんのかな、と。

愛に生きるのも強さだけど、愛、生きてんのかな、と。

 

今日の正門前は眩しすぎて、朝、切り拓いたハズの空気が。

空っぽの前カゴと、紫陽花の紫に沁みる。

園に届けたアルミ缶と段ボールの分だけ、後輪に掛かる圧が減り、

「いってきまーす」 のムスコの声に梅雨空から、夏が差し込む。

今日のオヤツは、かき氷にしたろと、一人勝手に決めて。

素足の感触を確かめて、少し汗ばみながら帰途に着いた。

 

それぞれの羞恥心。
誰にも恥じない生き方を。

前カゴと後部席に積み込んで、自力で進め。

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コメント

いい記事だ。
 
アタシも何度、娘の柔かい後ろ髪が園庭に消える時に、
世間の裏と表を思ったろう。
思い上がりだ、なんて、本当、何度思った事だろう。
 
知ってるんだもんもんもんアタシ達w
 
うちの親父の一番下の弟は言うよ。
「ドブ水飲んでりゃ、免疫バッチリ。」
って。

愛で生きてる、か。
どうだろう。

片付ける事は、多し。
でもそれ、愛「で」やってっかなぁ。
 
忙しいって、言い訳として正当なんだっけか?
結果にこだわって落し物多数…
そんな世代。
 

投稿: ちゃー | 2009年6月24日 (水) 11時45分

前後左右、ハンドルにスーパバック4袋で3千円くらいらしい・・・今は、もっと下がってるか?

幼稚園ってそうなんだぁ(知らなかった)あたしゃ保育園育ちなんで、そういう経験(記憶)が無い

廃品回収って、小学校の頃、子ども会でやった程度か・・・リヤカー引いて、今回は、新聞、次は缶って感じだったなぁ

そういえば、ベルマークってのも集めてたよ。

んでもよ、今の時代、自転車で運ばずに、車で運んで来るって人も居るじゃない・・・ガス代たたき出すのに、車いっぱいの空き缶じゃ、あし出ちゃうよねぇ(苦笑)

投稿: 通りすがりの名古屋人 | 2009年6月26日 (金) 08時57分

ちゃーちゃ>うん・・・、正当な理由って何やろねえ。
 
落としモノしながら歩くのも、道なのかもしれへんけど、せめて家族だとか身内だとかね、誰もが気付かない「何か」に対しても、気付く自分でありたいな、と思ってる。
 
気付いて、ほな、どうすんねん?って話もあるんだけど、知らないままってよか、知ってた方がイイコトもあって、その逆もまた確かに在って・・・。
 
ドブ水かあ~~、うん、それって人生の免疫力だし、ワクチンもねーからなあ(笑
麻疹みたいにね、熱が出て、ハイ、オシマイってね、決まってりゃ文句もないけど、それで全く違う道歩く選択をする場合もあるワケで(そう、オットがそういうタイプだしな
 
だからといってその道が正しいかどうかなんて、答えねーもん(笑 要は「正しくしていく過程」に答えが隠されてんだよな~~。

投稿: tuma | 2009年7月 6日 (月) 09時41分

名古屋人さん>ベルマーク!!!!
 
学校ツトメしてた頃、やってた!!!!
お菓子買うときは、敢えてベルマーク商品購入してたわ!!(爆笑!
 
そんでね、子供達って一生懸命集めるんだよね、これが「誰かを助ける一歩」だって。
 
あ~~、ウジャウジャ言ってないで、私も頑張りまーす。
 
排ガスモウモウとさせながら、車イッパイの空き缶、か。そこに愛ってあるのかな~~(苦笑

投稿: tuma | 2009年7月 6日 (月) 09時43分

こんばんは。
暑くなってきましたね。って、そちらはもう
だいぶ暑いんでしょうね。
熱中症に、気をつけてね。

さて、「空き缶オジさん」ってなんですか?
大阪の名物なんですか?
時々ドラマとかで見る廃品回収をしている人のこと?
tumaさんは、いろんな世界を見てきたんですね。
路肩に座ってるオジさんに話しかけたことも
何かをお願いしたことも、逆に話しかけられたことも
ない私です。
お家が、全て古紙で出来ている人を初めて見たのは
20代も後半になってからでした。
出張で上司に連れられて東京へ行ったとき。
駅の通路で見たとき、本当にいるんだと驚きました。
周りの人はそちらを向くこともなく歩いていて
まるで誰もいないかのようでした。
乗り継ぎで急ぐ上司についていくのがやっとで
電車に乗ってから、上司に
あの人たちは、いつまであそこに居るのか?と
訪ねた記憶があります。
上司は、見ちゃいけない。関わっちゃいけない。とだけ
答えました。
そんな世界もあるんだと初めて気付いた日でした。
一つだけ、何も解っちゃいないのに思ったことは
今手の中にある少ない条件の中、
それでも一生懸命生きているだろうな。と思いました。
今思えば、それも思い上がりだったように思います。

投稿: みぃ♪ | 2009年7月 6日 (月) 21時17分

みぃさん>そうです、一種の名物ですねえ。
自転車に空き缶を山積みして、走っておられますよ。
 
幾人かのレベルではなく、多くの方が定期的に一般のゴミ収集場を回られ、それで生計を立てておられます。
 
段ボールハウスも昔は多かったですが、今は「青い屋根=青のビニールシート」を張り巡らせた建設法?が多いですよ~。
 
見ちゃいけない、関わってはいけない。
確かにそういった暗黙の了解的な見解もあると思います。
ですが積極的に関り、社会的な自立を促す仕事をされておられる方々も多いです。
 
社会の暗澹たる部分の多くは「見ざる、言わざる、聞かざる」を定説として蓋をされがちですが、社会の現実はそこに多く滞っていると思っています。
 
少ない「日々の糧」それらを手中に生活をしているのは、青い屋根に住んでいようが、甍の波に守られて寝起きしていようが、たいした変わりはなく、問題は「なぜ、その糧の多少があるのか」と言う事ですよね。
 
懸命に生きているのは、皆、同じです。
それぞれが、それぞれの道を歩いてんやもん。
 
誰かと比べて、「私、頑張ってます」ではなく、胸を張って誰にでも「やってんで!」と言える事こそが最も大切な事やな、と。
ですが、最近・・・、「やってんで!」口に出した途端に、精一杯の一連の行為が思い上がりに匹敵するのかも、と感じられています。 
 
「沈黙は、金」ですもん。
お互い、ボチボチ生きましょう~~!(笑!

投稿: tuma | 2009年7月10日 (金) 11時35分

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